はじめに4 -旧ブログ記事-

はじめに4

この記事は旧ブログからの引用です。

元記事はこちら:http://around30serviveinus.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

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昨日までのあらすじ。

約一年間の留学と約二年間の就労を経て、再びアメリカへ上陸することとなった私。

降り立った地は留学していたロサンゼルス。

他の土地に行くこともできたのですが、やはり少しでも地理感覚があるこの土地を選ぶこととしました。

現地の日系企業にて研修という形での就労をスタートします。

この会社での細かな経歴は書き始めるとまた4-5日分の尺になってしまいますので割愛させていただきますが、

日々、会社勤めをしながら、どうやったらアメリカでこの先の人生を築いてゆけるのか、

できる限り多くの出会いとチャンスを求め、仕事以外の時間も可能な限りの情報を模索し集める日々を送っておりました。

しかし、なかなか思ったように事は運ばず、この先の人生を切り開くことに行き詰まりさえ感じ初めていた頃…

知人の元ルームメイトの更にまた知人が、私と同じ広告業界で経歴を持ち、現在アメリカで活動しているという話を耳にするのです。

ビッグチャンスでした。

“今だ”と思いました。

なんとか予定を合わせてもらい、知人とその元ルームメイトと一緒に、その方の自宅へ。

会話は仕事の話あり、男同士の下世話な話ありでフランクに進みました。

アメリカに来て初めて手ごたえを感じる時間でした。

ここでも、出会いにより人生が広がることを実感しました。

今でもその方とのお付き合いは続いています。

そして、その出会いが私を会社員からフリーランスとして独立させるきっかけとなります。

アメリカに再上陸してから一年三ヶ月ほど経ち、当時残っていたビザの有効期間も三ヶ月となっていた時、

このままでは日本に帰国するしか道はなくなってしまう。どうにかしなければ。

そう思った私は、失うものは何もないという開き直りを唯一の心の支えに、会社を早期退職し独立します。

そう思えたのも、自分と同じ経歴を持った方が前例としてこの土地で成功していることが事実としてあったからです。

自分にもできるはず。

そう思った私は、押し迫ったビザの有効期限にも強制的に背中を押されるような気持ちですぐに動き始めました。

弁護士に相談しビザステータスをチェンジし、ここに残る手段を模索し、名刺を作り、とは言え仕事はなく、という事は収入もなく、、、

全て初めての経験です。

日々押し寄せる様々な不安に悩まされた事はお察し頂けるかと存じます。

しかし、希望は捨てられませんでした。

半年ほど待ったでしょうか。

無事アメリカに残れることになった時の安堵感は忘れられません。

そしてそれから今日に至るまで約三年間、一人でなんとか生き残っております。
(妻と出会っておりますので正確には途中から二人です)

その間も安定はせず、今でも丘あれば地獄谷もありといった時間を過ごしておりますが、

妻と二人幸せな家庭を築けていると思っております。

と、途中大きく割愛した箇所もございますが、ここまでが私の今までの経歴となります。

思えば、両親に連れて行ってもらった海外旅行で自然に芽生えた異国の地での生活という目標を、

留学にて具現化し、そこでの出会いが、より大きな人生について考えるきっかけとなり、

出会いの大切さを学び再上陸を果たしてからは、自分の決断を信じることの重要さを確固たる確信にしてくれた。

と、今思い返しながら実感しております。

そして、そのお返しと言ってはなんですが、

私のこの文がいつか誰方様かの御目に留まり、

もしそれが何かについて思い悩んでおられる時でしたら、

少しばかりのきっかけとしてお役に立てば、それは同時に私にとってこの上ない喜びです。

こんな無鉄砲な奴でものうのうと生き残っているんだと思ってやってください。

 

 

ということで、本日はここまで。

明日以降は、よりアメリカでの生活に焦点を当て、綴っていきたいと思います。

引き続き変わらぬご贔屓を頂戴できれば幸いです。

昨日までのあらすじ。

約一年間の留学と約二年間の就労を経て、再びアメリカへ上陸することとなった私。

降り立った地は留学していたロサンゼルス。

他の土地に行くこともできたのですが、やはり少しでも地理感覚があるこの土地を選ぶこととしました。

現地の日系企業にて研修という形での就労をスタートします。

この会社での細かな経歴は書き始めるとまた4-5日分の尺になってしまいますので割愛させていただきますが、

日々、会社勤めをしながら、どうやったらアメリカでこの先の人生を築いてゆけるのか、

できる限り多くの出会いとチャンスを求め、仕事以外の時間も可能な限りの情報を模索し集める日々を送っておりました。

しかし、なかなか思ったように事は運ばず、この先の人生を切り開くことに行き詰まりさえ感じ初めていた頃…

知人の元ルームメイトの更にまた知人が、私と同じ広告業界で経歴を持ち、現在アメリカで活動しているという話を耳にするのです。

ビッグチャンスでした。

“今だ”と思いました。

なんとか予定を合わせてもらい、知人とその元ルームメイトと一緒に、その方の自宅へ。

会話は仕事の話あり、男同士の下世話な話ありでフランクに進みました。

アメリカに来て初めて手ごたえを感じる時間でした。

ここでも、出会いにより人生が広がることを実感しました。

今でもその方とのお付き合いは続いています。

そして、その出会いが私を会社員からフリーランスとして独立させるきっかけとなります。

アメリカに再上陸してから一年三ヶ月ほど経ち、当時残っていたビザの有効期間も三ヶ月となっていた時、

このままでは日本に帰国するしか道はなくなってしまう。どうにかしなければ。

そう思った私は、失うものは何もないという開き直りを唯一の心の支えに、会社を早期退職し独立します。

そう思えたのも、自分と同じ経歴を持った方が前例としてこの土地で成功していることが事実としてあったからです。

自分にもできるはず。

そう思った私は、押し迫ったビザの有効期限にも強制的に背中を押されるような気持ちですぐに動き始めました。

弁護士に相談しビザステータスをチェンジし、ここに残る手段を模索し、名刺を作り、とは言え仕事はなく、という事は収入もなく、、、

全て初めての経験です。

日々押し寄せる様々な不安に悩まされた事はお察し頂けるかと存じます。

しかし、希望は捨てられませんでした。

半年ほど待ったでしょうか。

無事アメリカに残れることになった時の安堵感は忘れられません。

そしてそれから今日に至るまで約三年間、一人でなんとか生き残っております。
(妻と出会っておりますので正確には途中から二人です)

その間も安定はせず、今でも丘あれば地獄谷もありといった時間を過ごしておりますが、

妻と二人幸せな家庭を築けていると思っております。

と、途中大きく割愛した箇所もございますが、ここまでが私の今までの経歴となります。

思えば、両親に連れて行ってもらった海外旅行で自然に芽生えた異国の地での生活という目標を、

留学にて具現化し、そこでの出会いが、より大きな人生について考えるきっかけとなり、

出会いの大切さを学び再上陸を果たしてからは、自分の決断を信じることの重要さを確固たる確信にしてくれた。

と、今思い返しながら実感しております。

そして、そのお返しと言ってはなんですが、

私のこの文がいつか誰方様かの御目に留まり、

もしそれが何かについて思い悩んでおられる時でしたら、

少しばかりのきっかけとしてお役に立てば、それは同時に私にとってこの上ない喜びです。

こんな無鉄砲な奴でものうのうと生き残っているんだと思ってやってください。

 

 

ということで、本日はここまで。

明日以降は、よりアメリカでの生活に焦点を当て、綴っていきたいと思います。

引き続き変わらぬご贔屓を頂戴できれば幸いです。

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